第3回講座、終了 感想を共有します

9月8、9日の2日間にわたり、第3回スピリチュアルケアサポーター養成講座を開講しました。午前10時から午後4時半まで、かなり濃密な内容でしたが、受講生のみなさんが疲れもみせず熱心に向き合ってくださいました。

終了後のアンケートには多くの温かいお言葉をいただき、スタッフ一同、感謝すると同時に身の引き締まる思いです。少しご紹介します。ココをクリックしてご覧ください。次回の開催は決まりましたら、このHPでお知らせいたします。FBもありますのでフォローしていただければ最新情報をお知らせします。

代表理事・玉置の著作、おかがさまで好評です

介護デザインラボ代表理事・玉置妙憂が6月に上梓しました「まずは、あなたのコップを満たしましょう」(飛鳥新社)が、おかげさまで好評をいただき、3刷となっております。まだお手に取っていない方はぜひご高覧ください。

また、本を読んで玉置の話を聞いてみたいという方、ぜひ「スピリチュアルケアサポーター養成講座」にお越しください。お待ちしております。

講座募集締め切りが近づいてまいりました(8月26日で締め切りました)

9月8、9日に開催します「スピリチュアルケアサポーター養成講座」の申し込み締め切り日が近づいてまいりました。26日が締め切りです。参加をご検討中のみなさま、ご注意ください。

こくちーずでも募集しております。お知り合いの方にお知らせしやすい形になっておりますので、よろしければご活用ください。

 

第3回講座は9月8、9日に開催

延期をしておりました第3回スピリチュアルケアサポーター養成講座の開催日を9月8、9日の両日といたしました。ご検討いただいていた皆様には日程変更ならびに、決定までの時間があいてしまいご迷惑をおかけしました。お詫び申し上げます。詳細は講座開催ページをご覧のうえ、ぜひご検討のほどお願い申し上げます。

第3回講座の開催を延期します

7月開講予定でした第3回スピリチュアルアルケアサポーター養成講座は、開催を延期いたします。参加をご検討いただいておりました皆様には大変、申し訳ございません。開催日時が決まり次第、あらためて募集を再開いたします。よろしくお願いいたします。

代表・玉置妙憂の新著刊行

代表理事・玉置妙憂の新著「まずは、あなたのコップを満たしましょう」(飛鳥新社)が、6月7日に刊行されます。
看護師として、僧侶として、2人の息子の親として、そして夫を自宅で看取った者としての体験が綴られた一冊。「幸せな生き方」「幸せな最期」について語った本著は、「生きることとは」を考えるためのよい素材・契機となることでしょう。ぜひご高覧ください。

第3回講座を7月に開講します

第3回スピリチュアルケアサポーター養成講座を、7月7日(土)~8日(日)に開講します。これまでの講座はおかげさまで好評のうちに終了しています。今回の募集定員は40人。場所は東京・秋葉原です。

詳細はこちらをご覧ください。

第2回講座終了しました

第2回スピリチュアルケアサポーター養成講座を3月24、25の両日、東京都内で開催しました。参加者は26人。介護士や看護師、ケアマネージャー、弁護士、僧侶など様々な形で看取りにかかわる方々で、遠くは長野県や静岡県からのご参加もありました。
2日間計11時間ほどの講座では、死を間近に控えた人に起きる身体的な変化や、がん患者への声掛けの方法、悩みを抱えた方に共感を示すための会話スキルなどを共に学びました。これからの仕事など、参加者の皆さんそれぞれの領域、場面で生かしていただければ主催者として嬉しい限りです。
講座終了後にいただいたアンケートからは、概ねご満足いただいた様子がうかがえ、ありがたいかぎりです。同時に、改善すべき点のご指摘もいただき、こちらもありがたく受け止めております。今後の講座に生かしてまいります。また、ステップアップなどフォロー研修を希望するお声も数多くいただいておりますので、こちらも開催に向けて準備を進めます。
第3回の講座を7月7、8日に今回と同じ東京・秋葉原で開催予定です。詳細はあらためてこのHPなどでお知らせいたします。

玉置妙憂の講義を聴く受講者
2日間の振り返り
班ごとの「学び」振り返りシート(一部画像処理しています)
修了後の記念撮影

 

理事の新著「遺贈寄付 最期のお金の活かし方」

理事の星野哲です。
自著の宣伝で恐縮ですが、『遺贈寄付 最期のお金の活かし方』(幻冬舎)が出版となりました。
遺贈寄付とは一言でいえば、公益活動をする団体に、遺産の一部を寄付することです。遺産を活用した人生最後の社会貢献といえます。自身の生きた証をお金に託し、自身の「思い」を次世代のために生かしていく。前回のコラムでも書いたようないま主流の「終活」とは異なり、「つながり」をつくるという意味で、あらまほしき「終活」の一環と考えます。金額の多寡ではなく思いの有無こそが肝心な点だと。
本書から、一部を引用します。

<<社会は「わたしたち」という意識が根底になければ成り立たない。いま、自己責任が過度に強調され、一人一人が分断され、漂流するような「個人化」が進む。より弱い立場の者へ、異質な者へ攻撃の矛先を向けることで、自分の置かれた現状を「よりましなもの」と思い込む。そのことでますますお互いの間を隔てる壁が高くなっていく。「わたしたち」という概念が揺らぎ、引き裂かれている。寄付、なかでも「他者」のためにという「思い」の強い遺贈寄付にはきっと、そんな壁を乗り越える力がある。「わたしたち」を結びなおす、ささやかかもしれないが、大切な一歩になるに違いない。>>

本書は、遺贈寄付することを決めている人や、遺贈寄付をした遺族にインタビューして、「思い」のあるお金が周囲の人や社会を変えていく様子を描いています。同時に、遺贈寄付に関係する法律や税制などについても解説しており、ハウツウ的にも活用できます。
遺贈寄付をするには、多かれ少なかれ、自身の生きてきた道のりを振り返り、これからの社会の姿に思いをはせることが不可欠です。それは必ず、人生の肯定につながるはずです。介護デザインラボの活動とは直接は関係しないかもしれません。でも、最期まで「つながり」を大切にという考え方は通底していると思っています。ご高覧いただければ幸いです。

映画「あなたの旅立ち、綴ります」

理事の星野哲です。前回に続いてですが、映画の話題です。
2月24日公開の「あなたの旅立ち、綴ります」(原題:The Last Word)という、シャーリー・マクレーン主演の映画。終活について考えるうえで、大切な視点を提供している映画です。
終活にかかわる取材をしていると、しょっちゅう耳にする言葉があります。「迷惑をかけたくない。だから終活する」です。
私はこの言葉を聞くたびに違和感を抱いてしまう。歳を取れば自分でできることは減っていく。死ねば当然、何もできなくなる。だから、濃淡はあっても周囲に「迷惑」かけるのは当たり前です。「むしろ、どうやって迷惑かけあえる関係性を紡ぐか。それこそが終活では」と考えているからです。
いま語られている終活とは、市場からサービスを購入することで、自身の周りの人々の関与を極力減らす方向に動くことを指していることが多い。それが、どんどん自身の領域を狭め、高い壁を造って、近しい人たちを排除していく行為のように思えてしまう。
確かに、自身が介護に苦労した経験などから、自分の子どもにはそうした苦労をかけたくないといった親心は理解できる。延命治療による治療の長期化は、経済的にも負担だし、葬儀でいろいろな人に対応するのは大変です。そんなことを近しい人たちにはさせたくない。そういう思いは美しい。「自分の生き方は自分で決めてきた。だから最期も自分らしく」という自己決定による満足感も大切でしょう。
でも、周囲の親しい人たち、例えば子どもと本当にそうしたことを話しあい、相手の思いを聞いたことがあるでしょうか。「葬儀は身内だけで」と一人で決めて、それがかえってお別れの場面を奪い、周囲の人たちの心を踏みにじる結果になりはしないでしょうか。自身のエンディングへの関与を拒むことで、親孝行や罪滅ぼし、時には和解の機会を奪ってはいないと言い切れるでしょうか。
人は一人で生きているわけでは絶対にありません。それは物理的な意味だけでなく、たとえば子どもに対しては親としての自分があり、友人には友人という存在としての自分というものがある。関係性の中で「自分」は多面的な顔をもつ。自分という存在は必ずだれかとの関係の中にしかない。だから死は個人のものではなく、周囲の人たちすべてと必ず「なにか」を共有するもののはずです。近しい人の死は、自身の一部、その人との関係の中に存在していた「自分」の死でもある。もしも共有されるものがない死があるとしたら、それこそが真の孤独死でしょう。
私はむしろ、親しい人たちを巻き込む、自身の領域を「開く」ことが終活には大切ではないかと考えています。終活とは、関係性を再構築することだと。「あなたの旅立ち、綴ります」はそんな私の思いにぴったりくる映画でした。
主人公の高齢女性は裕福だが、離婚して娘とは長い間交流もなく、孤独感を抱いている。女性は、生前に自身の訃報記事を書いてほしいと、地元の新聞で訃報を担当する記者(アマンダ・セイフライド)に執筆を依頼。しかし、自己中心的で周囲から嫌われ者の女性をよくいう人物はおらず、訃報は散々な内容となる。そこで、女性は自分を変えようと決意し、記者とともに行動を起こす――。
よい訃報には4つの条件があると、女性は訃報を分析します。(1)家族との関係が良好(2)同僚や友人からの評判がよい(3)他者の人生を変えるような行動がある(4)見出しになるような「ワイルドカード」があること。
そう。この4つを求めて女性は行動する。過去と向き合い、関係性を再定義し始める。新たに、周囲の人たちを巻き込み始めるのです。最初は自身の訃報のためという打算から始まった行動が、彼女自身を変え、周囲の人たちが彼女をみる目を変え、時に他者の生き方さえ変えていく。詳細はネタバレにもなるので避けますが、最後は孤独とは無縁の「訃報」ができあがるとだけ申し上げておきます。人は他者と、時にはお節介と感じられるようにかかわりあうことでしか理解しあえない。迷惑かけあう関係こそが自分を輝かせる。
抽象的で、きれいごとと感じる方もいらっしゃるでしょう。ご意見いただけると嬉しいです。